書評:真梨幸子『殺人鬼フジコの衝動』で、 イヤミスに酔いしれる


 

ミステリーファンも賛否両論 イヤミスの魅力とは?

 
「趣味は読書」。

そう自己紹介に記した経験のある方、多いのではないでしょうか。フィクションやノンフィクション、純文学、ファンタジーなど、そのジャンルは多岐に渡りますが、昔から根強いファンを獲得しているのは、やはりミステリーの世界でしょう。筆者の仕掛けたトリックを解き明かそうと、脳をフル回転させつつページをめくる時の高揚感は、一種独特の楽しさがありますよね。
 
今回は、そんなミステリーの中でも「イヤミス」と呼ばれる作品から、真梨幸子さん『殺人鬼フジコの衝動』にスポットライトを当ててみたいと思います。
 
イヤミスとは、文字通り、読んで嫌な気持ちになるミステリー作品のこと。
ハッピーエンドによるカタルシスを得ることなく、読了後に後味の悪さが残る作品のことを言います。有名な作品だと、湊かなえさんの『告白』や『少女』、桐野夏生さんの『グロテスク』などが挙げられることが多いですよね。
 
本来なら趣味は楽しむためのもの。それなのに何故、イヤミスは人を惹きつけてやまないのでしょうか?
 
それは、筆者の目線が人間の持つ暗部を鋭く抉り出し、リアル以上のリアリティを小説の世界に投影させているからに他なりません。キレイゴトだけで生きていけるほど世の中は甘くはない。生きていれば否応なしに味わうことになる人生のほろ苦さや砂を噛むような思いを、スピード感のある展開と、作者が仕掛けた巧妙なトリックによってエンタテインメントの域にまで昇華させたのが、イヤミスの魅力なのです。

読みやすく、ほっこりとする小説が舌触りのよいスイーツに例えられるなら、イヤミスはクセのあるブルーチーズのようなもの。人によって好き嫌いは大きく分かれますが、一度その旨味を知ったら癖になる、大人の味わいということができるでしょう。
 

 

イヤミスの女王、真梨幸子『殺人鬼フジコの衝動』

 
『殺人鬼フジコの衝動』は、そんなイヤミスの女王と呼ばれている真梨幸子さんの代表作。連作である『インタビュー・イン・セル 殺人鬼フジコの真実』とともに、多くの読者から支持を受けている小説です。
 
 
主人公のフジコは、子供の頃に両親と妹を殺され、家族の中でただ一人生き残ったという不幸な生い立ちの持ち主。幼い頃から母親に虐待され、クラスメイトのイジメの対象にされて育ちます。一家惨殺事件の後、フジコは叔母の家に引き取られ、新たな人生を生きていくことに。
「私は、お母さんのようにはならない」。
そう誓ったフジコは、彼女なりの幸せを求めて必死に生き抜こうとあがき続ける。
時には冷酷な選択をしてでも……。

 
 
冒頭のはしがきから本編、あとがきに至るまで、作者の手で緻密に練られた物語は、最後の1ページをめくる瞬間まで読者の心を鷲掴みにし、ページを捲る手が止まりません。なぜフジコは殺人鬼となってしまったのか?
私たち読者は、幸せのことごとくが彼女の手からすり抜けていく哀しみを、小説というフィクションのフィルターを通して覗き込み、世の中の不条理さや主人公の葛藤を疑似体験することになります。
 
殺人鬼フジコの行動は決して万人の共感を得るものではありません。それでもラストシーンまで一気に読ませる真梨幸子さんの筆力は圧巻の一語。そして、あとがきのラストに隠されたどんでん返し……それを目にした読者は、これまで辿ってきたフジコの人生の再構築を迫られると同時に、彼女の従兄弟を巡る連続殺人事件を描いたもうひとつの物語『インタビュー・イン・セル 殺人鬼フジコの真実』への招待状を手にすることになるのです。
 
もちろん『殺人鬼フジコの衝動』だけでもひとつの作品として十分に楽しめますが、できれば続編の『インタビュー・イン・セル 殺人鬼フジコの真実』と2冊合わせて読んでみて頂きたい。全てを読み終えた時、ストーリーの全貌を知ったあなたは、もう一度初めから物語を辿りたいという思いに駆られることでしょう。登場人物の相関関係を見つめ直し、それぞれの人物がどう関わりあって悲劇が起きたのか、振り返りたくなることでしょう。
それほどこの2冊は、真梨幸子さんという才能ある作家の手で作り込まれた作品なのです。デビュー作『孤虫症』ではまだ粗削りだったイヤミスの女王たる資質は、『殺人鬼フジコ』シリーズで見事に花開いたのです。
 
イヤミスとは、逃れられない人間の欲求や性、異常心理や残虐行為に真正面から向き合う作品です。光ある場所には、必ず影が生まれる。影を知らずして、世界の全てを把握することはできません。後味が悪いのに、ついついラストまで読んでしまう……イヤミスの魅力は、そんなところにあるのだと思います。

人生のほろ苦さを知る、大人のための物語。
美しい花には棘があると言いますが、その痛みを知ってなお惹かれずにはいられない悪の物語に、たまに酔いしれるのも悪くないと思わせてくれる作品でした。

投稿者プロフィール

羽野 知
羽野 知
編集者兼フリーランスライター。アパレル業界、旅行代理店、インテリア家具販売、不動産業、カフェ経営、某コンビニエンスストア勤務など、様々なキャリアを持っている。趣味はラグビーをはじめとするスポーツ観戦、路傍の花と自由な猫たちに出会うこと。現在は声帯の仕組みについて独学中。

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